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十二国記『丕緒の鳥』のネタバレと感想まとめ

【ネタバレ有】十二国記『丕緒の鳥(ひしょのとり)』感想とあらすじ

本記事では、小説:十二国記『丕緒の鳥(ひしょのとり)』の感想とあらすじ(ネタバレ)を紹介しています。

また、作中に登場する名言についてもまとめてみました。

 

「華胥の幽夢」と同じく4つのストーリーがつまった短編集となっており、こちらも重いストーリーが多いです!

エレ子さん
現実世界に活かせる教訓も多し。

 

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『丕緒の鳥』のあらすじ

慶国の新王即位の祭典で、大射の鳥を制作せよと命じられた丕緒(ひしょ)。

 

彼は久しぶりに冬官(とうかん)の工房に向かう。

彼に求められたのは、前女王から直接言葉を賜ったほど美しく、見事な仕掛けの使用された鳥でした。

 

しかし、丕緒は前の女王から「恐ろしい」という言葉を賜ったことを忘れてはいませんでした。

 

丕緒は国が倒れることがないよう、願いを込めてあえて鳥が砕けるという演出を入れたのですが、王には伝わらなかったのです。

 

さらにその後、冬官で共に働いた蕭蘭(しょうらん)が女性であることから、慶国から追放されてしまい、丕緒は王に深い絶望を抱きます。

 

今回の式典で最後にしようと考えた丕緒は、弟子の青江(あおえ)と共に最高の鳥を制作します。

それを見た陽子は丕緒を呼び、とある言葉をかけたのでした。

 

  • 冬官所属の小さな職人の願いを描く「丕緒の鳥」。
  • その他、秋官長の瑛庚(えいこう)が、16人もの殺人を犯した狩獺(しゅだつ)の裁きに悩む「落日の獄」
  • 荒れ果てた大地に救う木の病を払うために関弓(かんきゅう)へ希望を繋ぐ「青条の蘭」
  • 暦を作るために生きる春官(しゅんかん)のもとで働く少女の思いを描いた「風信」

 

十二国記の民の物語が集約された傑作です。

 

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十二国記『華胥の幽夢』のネタバレと感想について

 

ネタバレ・ストーリーの流れと結末について

ここでは、十二国記『丕緒の鳥』のストーリーや結末についてのネタバレを紹介しています。

 

式典の鷺陶に秘められた願い「丕緒の鳥」

慶国の新王践祚(しんおうせんそ)。

これにつき、祝賀典礼の儀式が執り行われます。

 

鵲(かささぎ)の陶器を空中で射止める「大射の儀」。

この陶鵲(とうしゃく)を作っていたのは、羅氏(らし)という細工の巧・丕緒(ひしょ)でした。

 

その丕緒に再び祝賀典礼のための陶鵲を作れと指令が下ります。

ところが丕緒はすでに陶鵲作りへの情熱を失っていました。

 

鵲は吉報を届ける鳥。それを弓で射るのは祝いの儀式として相応しくないはず。

丕緒はそこで、「鵲が表しているものは、民だ」と気づいたのです。

 

民が射貫かれ、傷つけば王は滅びる。

丕緒は前王の典礼で哀しい音をたてて砕ける陶鵲を作り、飛ばせてみせました。

 

「私はあのような惨いものを見たくはなかった」

前・慶王は震えながら丕緒にそう伝えただけだったのです。

 

さらに前・景王は、慶国から女性を追い払うという前代未聞の法令を出します。

丕緒と共に働いていた蕭蘭も次の日には消えてしまったのです。

 

せめて蕭蘭の思いが残った陶鵲を作りたい。

丕緒と青江は、蕭蘭が残した図絵から美しくも儚い鵲を仕立てることにします。

 

丕緒は新王の儀で、蕭蘭の描いた陶鵲を再現します。

典礼のあと、丕緒は新しい景王に直々に呼び出しを受けます。

 

景王に伝わるものか。丕緒は心の準備を決めていました。

 

「できれば一人で見たかったな。鬱陶しい御簾など上げて、もっと小規模でいいから、私と——あなただけで」

「お望みとあらば、いつなりと」

 

丕緒はいつの間にかそう返事をしていました。

 

法治国家・柳国で連続殺人犯への裁きは「落照の獄」

柳国(りゅうこく)の首都、芝草。

罪人を裁く官吏の瑛庚は、妻と娘と家庭を築いていました。

 

ところが芝草に、恐ろしい犯罪者・狩瀬が現れます。

狩瀬は捕らえられ、すでに16件もの殺人と23人もの人間を殺害していたことが、明らかとなります。

 

柳国では、いまだ死罪がもたらされた事例がなく、瑛庚は果たして狩瀬に死を与えるのが法律の役目なのか、悩みます。

 

妻・清花は怒りを覚え、ついには殺された男児の両親を呼ぶ始末。

瑛庚はどうするべきかを秋官に尋ねることにします。

 

しかし、秋官はすでに王に相談を持ち掛けたあとでした。

主上は狩瀬の件を聞き、ひとこと「大辟をもって処せ」と命じただけだったのです。

 

柳国は今、急速に傾きつつあります。

王は政治への関心をなくし、その手腕は衰えつつあります。

 

だからこそ、死罪を国からもたらしてはならない。

瑛庚は最後の望みを、狩瀬との面会にかけることにしました。

 

ところが狩瀬は、全く反省の色を見せず、かえって「殺せ」と瑛庚たちを煽るのです。

悔い改めることのない人間も存在する。瑛庚は深くうなだれます。

 

一度は「大辟を用いず」と死罪を止めた劉王。その姿はもうありません。

狩瀬がひとり、牢内で大笑している中、瑛庚は立ち去るのでした。

 

山毛欅を救う、野山を救う男の願い「青条の蘭」

標仲(ひょうちゅう)と包荒(ほうこう)は、下級の役人となり森の監視を行うようになります。

 

山毛欅(ぶな)の木の色が変色し、石化の病が蔓延し始めていたのです。

これに警鐘を鳴らしたのは、標仲と包荒だけでした。

 

山毛欅はやがて全ての木が病に侵され、害獣が田畑を襲うでしょう。

そうなればすぐに国は亡びるのです。

 

標仲と包荒は、ついに猟木師(りょうぼくし)の興慶(きょうけい)の力を借りることにします。

 

興慶は、山毛欅の病は天からもたらされたものならば、それを解決できるよう、解毒作用のある植物を、似た場所に生やすものだ、とふたりに説きます。

 

3人は来る日も来る日も探し続けたあと、ようやくある植物の苗に、病気を浄化する作用があることを突き止めます。

 

しかし、この苗は山毛欅の森に比べて圧倒的に少なすぎました。

標仲は、苗を持ち出し、新しく即位したばかりの王に苗の育成を願ってもらうよう関弓に向かいます。

 

冬の厳しい寒さの中、竹筒に苗を大切に入れ、都へ赴くのです。

雪の舞う道を走り続ける標仲。苗は生き延びられるのか……。

 

標仲からの連絡が途絶えた包帯と興慶は不安な日々を過ごしていました。

 

そんなとき、里木に黄色い、小さい果実が現れます。

それはあの苗のもたらす実だったのです。

 

たしかな春の訪れを信じて「風信」

慶国女王からのお触れがまわり、蓮花は目の前で母と妹を殺害されます。

蓮花たちは男装し、難民になりすまして街道を南へ逃げます。

 

途中、蓮花は摂養という町で、槐園という庭園を見つけ、下働きとしてとどまります。

 

槐園にいるのは、清白(せいはく)と支僑(しきょう)、そして酔臥(すいが)という官吏でした。

 

「空気がどのくらい澄んでいるかを見ている」という彼らは、徒に時間を消耗しているだけのように蓮花には見えます。

 

ところが、彼らが作るものは、「暦」だったのです。

空気を見る者、大地を見る者、天地の計算をする者として、農民には欠かせない本式の「暦」を作る。

 

これが、槐園の官吏の仕事でした。

王が倒れ、不在の間は土地が荒れます。農作物は育ちません。

 

そんな中でも彼ら3名は、農民のための暦を作り、畑をいつ耕すべきか、稲の実りの季節は、虫の害はいつ頃起きるかなどを暦に記していました。

 

蓮花も暦作りに参加し始めた頃、新王が立ったという噂が流れます。

摂養の町にも火が落ちて、槐園の正院が焼けてしまったのです。

 

「それでも、誰かが暦を作らねばならない。こんな時代だからこそ」

燃える母屋を見ながら、支僑はつぶやきました。

 

そして次の春、燕の巣と雛を数えていた支僑は蓮花に伝えます。

巣と雛が増えている、と

 

それは新王が即位したという吉兆です。

ようやく慶国に本当の春が訪れます。

 

『丕緒の鳥』に登場する名言を紹介

真摯な声を聞いた瞬間、どうしてだか丕緒は、通じたのだ、という木がした。
陶鵲でもっと何を語ろうとしたわけでもなかったが、多分王はあれを作った丕緒の——蕭蘭の、青江の気分を理解してくれていた。(丕緒)

丕緒と陽子の対面の時です。

 

丕緒は王を見捨てていました。

しかし、陽子の言葉で再び陶鵲を制作することを心に決めます。

 

傷ついた心は簡単には治りませんが、ふとしたことで立ち直ることが出来るかもしれません。

それは相手に理解されたとき、心が通じたと思えた時なのでしょう。

 

 

(いっそ遺族に引き渡したい、との言葉に対し)
「ですが、それでは復讐になってしまいます。復讐のための私刑を防ぎ、復讐の連鎖を止めるために司法はございます」
「だからこそ、刑吏は未を呈すのでございましょう……」(瑛庚の家臣)

瑛庚の苦悩の中で、臣下が話した言葉です。

 

法が存在するのは、ひとえに人がケダモノにならず、社会的な生活を営み、無益な殺生を行わないためのはずです。

 

ですが、これほどまでに法の外に出た人物は、瑛庚の周りにはいなかったのです。

柳国の王はこのとき、民としてあるべき姿を示さず、ただ放置してしまいました。

 

狩瀬を殺したのは、罰なのか官吏なのか。

不透明なまま物語が終わるのも切ない部分です。

 

 

無為に禄を食(は)むだけの職、ただ一度の義務と責任を、標仲は貫きとおすことが出来なかった。(標仲)

標仲が都へ苗を運ぼうとしたものの、すでに手が凍り付き、あとは旅の若者に苗を託すことになったときの言葉です。

 

大勢の人に無茶だと止められ、標仲はようやく苗を他人に託します。

しかし内心は、自分の仕事すら真っ当することが出来ないと嘆いていたのです。

 

最後までやり遂げたい気持ち。

これが報われないのは、つらいものがあります。

 

 

「けれど、暦は必要です。こんな時代だから必要なんです。それだけは疑いがない。誰かが暦を作らないといけない。だからそれしかできない私たちがやるんです」(支僑)

燃えてしまった館。

それを見て怒る蓮花を見て、支僑が語った言葉です。

 

蓮花は商人の娘だったことから、農民がいかに暦を大切にしているか、わからない部分がありました。

 

暦のおかげで収穫をし、日々を生きていける。そんな人々がたくさんいたのです。

自分にとって無為に見える行動も、実は大切な役目なのかもしれないのです。

 

『丕緒の鳥』の感想や見どころ

久々の新刊登場、うち2作品は書き下ろし短編で盛り上がった「丕緒の鳥」。

 

12年ぶりの「十二国記」新刊ということで、短編集でありながら本編並みの盛り上がりをファンの間では見せました。

 

しかも「青条の蘭」と「風信」は書き下ろし作品です。

小野不由美ファンなら必見の作品群と言えるでしょう。

 

登場人物は新規キャラクターが多く、テーマは重いものが多い

残念だったのはこれまでの登場人物はほとんど出て来ず、姿を見せるのは陽子のみとなっています。(「丕緒の鳥」の新王)

 

テーマも死刑制度で悩む「落日の獄」や、貧民を救うために役人が奔走する「青条の蘭」など、深いテーマが設定されています。

 

前作の短編集「華胥の幽夢」が十二国ファンタジーの補記的な立ち位置であるとすれば、本作の「丕緒の鳥」は十二国で暮らす、平民の物語です。

 

しかもそれほど豊かではなく、困窮の中で苦しみながらも生き抜こうとする場面が多い傾向があります。

 

ファンタジー設定でありながらも、リアルな人としての生き方や心情が描かれているところが、十二国記らしいとも言えます。

 

死刑制度を問う「落日の獄」が重い!

柳国は法律が整っており、それによって国が繁栄していました。

その綻びは「華胥の幽夢」でも予言されていましたが、今回は内側からその秩序崩壊が描かれています。

 

「落日の獄」は極悪人の男をどう裁くかを悩む、瑛庚の物語です。

 

これまでに柳国は死罪が下されたことがなく、瑛庚は「罪に罰を与えるのは天の手であって、人の手ではない」ことで悩みます。

 

ところが、殺された子の親族は殺された、という事例に反射的に「死罪」を用いようとします。

瑛庚の妻も、それに加担することになり、瑛庚は孤立していくのです。

 

「お父様は、人殺しになるの?」という、瑛庚の娘の言葉が実現してしまうという悲劇で物語は終わります。

 

これは現代でも同じ問いかけが続いている問題です。

この現代の世界とかけ離れた舞台でありながら、心象風景は同じという奇妙な一致が十二国記の魅力です。

 

それゆえに今回は、かなり重い問いかけを投げかけています。

答えが出ないのも、リアルな部分と言えるでしょう。

 

「青条の蘭」は雁国が舞台!「風信」は慶国

「青条の蘭」は、実は尚隆が即位する前の雁が舞台の物語です。

 

生き物が「里木」というものに成り、それは植物も同じです。

植物に関しては、王が天帝に祈ることで、各地の里木に果実や種が実ります。

 

山毛欅(ぶな)という木を守るために、標仲は各地を転々とします。

自分の身体よりも、竹の中に入れた苗を守り、最後は王の手にまで届かせるのです。

 

名も無き民の協力で苗が王の手に届く。

これは、王に民意が届くことに繋がります。こういった部分に作家の上手さが垣間見えるものです。

 

「風信」は支僑の「戦になっても民は喰わねばならない。日々の生活を続けなければならない」という言葉に集約された物語と言えます。

 

ファンタジーや神話は英雄譚を好みやすく、その行いによって人々は確かに救われます。

 

しかし、英雄でもなく、名もなき官吏や蓮花のような人々が、実は日常を支えているのも確かなことなのです。

 

これを理解するのは、もしかすると自分が社会に出てからかもしれません。

民草の強さは、日常を生きることにあると言えます。

 

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